民報サロン寄稿文 芝居作りへ向けて

 

 

今年の三月のことである。

 「今度は、芝居作りを自分たちの手でやってみようじやないか!」。先輩がテーブルを囲んだ一人ひとりに熱いまなざしで語った。仕事を終えてからの会合の席であった。

 「芝居作り?」。いままでのなごやかな寡囲気が消え、開口一番「だれがそれをするの?オレたちけ‥」とある人が言った。その衝撃的な発言に皆一同びっくり仰天し、「いくらなんでも芝居までやるなんて…」と驚く人。「芝居作りってどうすればいいの?」と不安に思いをはせる人。さまざまな意見が飛び交う中、「前向きに頑張ってみようじやないか!」 ということで話はまとまった。

 その提言をした先輩の職業は公務員。とても陽気でロマンチックな方である。その隣にはおいしい手料理をごちそうしてくださる笑頗がすてきな明るい奥様がいつもいらっしゃる。

 この芝居作りを語るには三年前の出来事が欠かせない。遠くに見える山桜がとてもきれいな季節であった。東京のある劇印から地方公演をしたい、との話をうけて、″地域の方たちと演劇を通じながら語り合いたい″ という趣旨のもとに、地域づくりを共通の願いとした人たちが共鳴して、「心いきいき」という集いが発足した。私がその集いに紹介をいただいたのは、その後問もないころであった。初めて集いに出席した時、「みなさんと一緒に仕事をしたいと思います。よろしくお願いします」 と私はあいさつした。

今まさに二カ月後の公演へ向けて、準備に″大わらわ”の四十代、五十代の熱年パワー全開の一人ひとりから「いらっしゃい。こちらこそよろしく…」と温かい歓迎をいただいた。すてきな大人たちの集まりであった。

 まず、メンバー自身が芝居の中身を理解するため、日曜日を利用し東京の「現代座」という劇団を訪れることから着手した。訪れた日は、福島県内はじめ各所から準備に携わっている方たちが集まっての鑑賞会となった。その姿を写真とビデオに収め持ち帰り、メンバー一同はその記録をもとに、地域の方たちへどのようにして演劇を伝えるか検討を重ねた。

 その結果、分担作業で看板を作製し、それを軽トラックの荷台に固定して手作りの宣伝カーが出来上がった。

この宣伝カーをメンバーが交代で運転し音楽を流して走行した。商店街から国道へと通り抜け、山あいのふもとから、また次の地区へと毎日々々フル回転…。運がよいのか悪いのか、この時期は、田植えシーズソ真っ盛りであり、「この忙しい時期に何をしているんだろう」となかなか理解してもらえなかったようで、あぜ道などでは、音量を下げての運転であった。しかし、恥ずかしさも慣れれば楽しいひとときを過ごすことができた。今でもあのメロディーは私の脳裏によみがえってくる。

 あの貴重な出会いから三年が過ぎ、何かの横会があれば、声をかけ合いながら今もふれあいを大切にしている。今回の芝居作りというのは、県がふるさとづくり支援事業の一環として行っている「物語のあるまちづくり人材形成事業」がきっかけとなった。残念ながら今年はこの事業の対象になることはできなかった。けれど、私たちはこれまでの過去の経験から電源立地によって豊かな安定した生活を営む地域において、自らの手で主体的に行動ができたという感動を得て、さらに、新しい発見をすることができたのだろう。

 今、未知の世界へ、試行錯誤の中にあるが、その夢の劇がかなうのを心から楽しみにしている。

 

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