日本でも屈指の澄みきった夜空を仰げる双葉郡広野町に美しい星まで届けとばかりに空高くそびえ立つ二本のエントツを望むことができる。
その青い帽子をかぶった淡いクリーム色のエントツの外観は海と山のコントラストに調和している。
関東地方へ電力を供給する地域に融合した東京電力株式会社広野火力発電所である。
浜通りの電源地帯に位置し、北方に福島第一、第二原子力発電所が位置している。
私は各発電所に事務所を構える東電工業の社員として、火力発電所プラント整備のメンテナンス補修という電気事業に従事している。
職業を選んだ動機は我が国にとって重要な基幹産業である電力業界に、生まれ育った地元にあって取り組むことができるためだった。
今、気概とロマンを持って一日一日の業務を送っている。
地球のエネルギー資源には際限がある、天然資源に貧しい我が国では、発電のための燃料をほとんど海外に依存しなければならない。
電源として、石油、原子力」、石炭、液化天然ガス、太陽熱、風力などがあるが、これらによる複合発電の新エネルギー研究も繰り広げられている。
電気の歴史は、ランプから電灯に光が灯り生活様式が変化した時代にさかのぼるが、私は、ランプでの生活も、停電に困った事もおよそ経験がない。
一方、今年の夏は記録的な暑さと水不足のため、発電所はフル稼働を対処した。
現在私たちの日常生活は、電気がまるで空気のように感じられ、需要ができて当然とされている傾向がある。
そのため電気が供給されなくなってしまったらという危機的意識はないのではないか。
直面しないとおよそわかり得ないものなのであろう。
エネルギーは、未来へ向けて絶対永久不可欠である。濃厚会社から、現在の私たちの家庭生活、政治経済の変貌を繰り返す産業社会、さらに未知の文明社会のためである。
歴史に学び、電力と共に生きる地域住民としてあるべき姿はどういうものであろうか。
私はこんなふうに考えてみた。まず、電力に携わってる人と、電気を使う人との間にエネルギー媒体として、一人一人がエネルギーについて身近に感じ、主体性を持って常に語り合い、相互理解を築き上げようとする姿ではないか・・。
それは原子力、火力を問わず人類発展も歩みのエネルギー問題として捉えることを前提とする。
そして、先祖が築き上げた国家事業としてこの電源地域を、我々の誇りとするのである。
今こそ一人一人の自助努力によって、ふる里を残しながら新たな地域に見合った文化創世の扉を開くときなのかもしれない。
そういった共通認識を持ってこそ自立的な地域振興へと結びつく土台へとなり得るのではなかろうか。
それは主催者として一つのパスポートとなるかもしれない。とりもなおさず地域の一人として、電源地域での未来を感じさせる“双葉の里”となってほしい願いからである。
現在、我が国の原子力の供給ウェートは、総発電力の三割を担っている。
去る十月二十六日は「原子力の日」であった。原子力の平和利用推進のため、広く国民の原子力に関する理解と認識を深める事を目的とされている。
私は「原子力の日」とは、未来に責任を持つ「エネルギー発展の日」と考えた。