六ヶ所村核燃料サイクル施設、柏崎刈羽原子力発電所への研修旅行の参加
平成十一年九月、新潟県柏崎刈羽原子力発電所への研修旅行、そして平成十三年十月、青森県六ヶ所村核燃料サイクル施設の研修旅行が、広野小学校PTAにおいて校長先生はじめ先生方ご同席のもとで研修旅行が実施された。
火力発電所を立地する町の小学生を持つ親として、町の在り方を、社会の中で企業を通しての産業との触れ合いについて子供たちに教え伝えようとの思いからである。
研修旅行への取り組みについては、東京電力株式会社広野火力発電所様のご理解を賜り参画して頂き、吉楽様はじめ所員方々のご同席により実施された。
エネルギーの研修については、双葉地方において隣接する原子力発電所から原子力につてい学ぼうと東京電力株式会社柏崎刈羽原子力発電所へ、そして、日本原燃株式会社六ヶ所村核燃料サイクル施設へと二年に亘り見学することができた。
私にとっては、柏崎刈羽原子力発電所へは三度目の訪れだった。
福島第一原子力発電所内の関連企業棟に勤務する日々を送り、一度は六ヶ所村核燃料サイクル施設をこの目で見てみたいという関心を持ち、この研修旅行により実現することができた。
双方のプラント見学とも大型バスでの移動となり、満員のバスはお母さん、お父さん、先生方と発電所所員の方々との楽しい二日間であった。
高速道路から田園風景、都市風景を見渡し、移動距離は柏崎刈羽原子力発電所で片道400?ほど、六ヶ所村核燃料サイクル施設で片道700?ほどである。
発電所は、日本において太平洋・日本海が必要であり、アメリカは、太平洋・大西洋が必要となり、海に囲まれた小国日本は、アメリカに比較し距離が短いという地理的条件により効率良く電気を送ることができる。
移動するという時間と空間によって、社会経済を支えているエネルギー産業の姿を地理的に体験することができ、日本国内のそれぞれの地域が資源の乏しい島国の日本経済を支え担っていくために、社会における地域の役割について考えさせられるものだった。
エネルギーは、国民一人一人が生活を送る上で最も大切なものであるので、お互いの理解と協調を大切にしたいと誰もが願っている。
そういう意味で、エネルギー政策に学び地域の発展に貢献できる努力をみんなで取り組みたいと思う。
青森県の日本原燃株式会社六ヶ所村核燃料サイクル施設は、広大な素晴らしい施設だった。
その日は、アメリカの同時多発テロにより正門は、厳戒態勢が敷かれていた。
四半世紀原子力・火力発電所を立地し、未来永劫エネルギー産業とともに生きる私たち双葉地方の地域住民は、世界の情勢を身近に感じ特に違和感は無い。
エネルギー産業施設への安全性は、長い時間から『信頼する』という観念がすでに醸成されているからである。
私は仕事を通して日々接しているが、バスの車窓から目をやるお母さん、お父さん、先生方も同じ趣で眺めていた。
今にも雨が降りそうな天候となり寂しい感じはしたが、ここが日本の原子燃料サイクル事業を進めている日本原燃(株)なのかとただただ感動するばかりだった。
六ヶ所村核燃PRセンターは、原子燃料サイクルに関するパネル・映像・大型模型などで、臨場感あふれるプラント体験ができた。
ここを起点に、原子燃料サイクル施設のバスで、アナウンスの説明を聴きながら敷地内の見学を始めた。
日本原燃(株)では、このウラン燃料を繰り返し利用し、準国産エネルギーとする「原子燃料サイクル」の完結を目指し、「ウラン濃縮工場」「高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター」「低高レベル放射性廃棄物埋設センター」の3施設を操業。
さらに、原子燃料サイクルの要となる「再処理工場」の操業開始と「MOX燃料加工事業」に取り組んでいる。
私たちの暮らしにとって電気はなくてならないものである。
しかし、電気をつくるための石油や天然ガスなどのエネルギー資源に乏しい我が国は、その80%以上を海外から輸入に頼っている。
そのため、特に輸入依存度の高い石油の代替エネルギーとして原子力発電を進め、現在では原子力発電が全体の3割を占めるようになってきた。
この原子力発電の燃料である「ウラン」も限りある資源であり、大切に使わなければならない。
石油や石炭などの化石燃料を燃やすことによって出る二酸化炭素が原因と言われる「地球温暖化」や「酸性雨」などの環境問題、さらに人口増加によるエネルギーの慢性的な不足など、地球規模でエネルギーを考える新しい世紀を迎えた。
地球環境に共生できる未来に安定したエネルギー資源が求められている。
原子力発電は、発電の過程で二酸化炭素を出さず、効率の良いエネルギーである。
ウラン燃料の再利用をはじめとする原子燃料サイクルの重要性も高まり期待されている。
私たちのバスは、モニタリングステーション、モニタリングポイントを通過した。
日頃慣れ親しんでいる「環境モニタリング」は、東京電力(株)と福島県によりオンラインでつながれているが、六ヶ所村核燃料サイクル施設は、日本原燃(株)と青森県のオンラインにより周辺環境の安全が確保されている。
モニタリングステーションは、環境放射線の連続測定に加えて、空気中の放射性物質濃度や気象データを測定していた。
モニタリングポイントは、放射線をTLD(熱蛍光線量計)により一定期間(3ヶ月積算)ごとに測定している。
モニタリングカーは、広い広域で 放射線量率や放射性物質濃度を測定する機器を積んで 車を走らせるが、バスとすれ違うワゴン車がそうだった。
施設の周辺には、農産物の耕作畑や放牧場があり、のんびりと牛がたたずんでいた。
六ヶ所村核燃PRセンターは、女優若尾 文子さんのご主人建築家 黒川 紀章氏によるものであると説明を頂いた。
センターは、大地の自然の色、緑の基調で装飾されており、それが太陽光線を大らかに吸収するようにイメージされた素晴らしい建築物だった。
私たちバス一行は、名残惜しい面持ちでセンターを後にした。
火力発電所を立地する町の小学生を持つ親が、社会の責務を持って基幹産業を理解しようと主体的に学校教育の一端で研修旅行に取り組まれるのは大変意義あるものと思う。
親子との触れ合いで、必ずエネルギー産業の未来永劫存続する理解を深め、子供たちに教え伝えていく一助となったことと思う。
現在 、 私たちの生活は、電気が空気のように感じられ需要できることが当たり前のよう受け止められている。
この絶対不可欠のエネルギーは、私たちの家庭生活、政治経済の変貌を繰り返す産業社会、子孫へ向けた文明社会のためのものである。
歴史に学び、電力と共に生きる双葉地方の地域住民としての責務は、こんなふうに考えた。
電力と共に生きる地域住民は、全国電源立地地域へ、そして広域的にエネルギー産業の理解の扉を開く言葉の発信をしなければならない取り組みが必要ではないか。
世界へ向けてエネルギー産業の相互理解を築き上げる一助となる地域へ向けたまちづくりをするということである。
そのためには、家庭の中で子供と共にエネルギーを身近に感じ語り合い理解を深め、この電源地域を我々の誇りとする精神を一人一人の自助努力によって醸成し続け、それが電力と共に生きる双葉地方の地域住民の共有となる心の礎であると考える。
今回の研修旅行への取り組みにおいて、東京電力株式会社広野火力発電所様のご理解を賜り参画して頂き、校長先生はじめ参加者全員感謝の気持ちだった。
吉楽様はじめ所員方々にはあらためて感謝申し上げます。
今回の取り組みは、三年間に二度に亘る原子力事業施設であった。
これからも、子供たちの伝授するべく日々生活のなかで折りに触れてエネルギー産業に学び合っていきたいと願っている。